天気・外から帰ると部屋が冷たい!/体調・ほぼ大丈夫
Dydoの復刻堂(復刻カンだと思って缶か館か悩んでいました)がミニブームです。
コーヒーよりもアイスコーヒーが好きです。
りんごはまだ飲んだことがありません。
残り二つの区別が未だによくわかりません。
クリームソーダのどこにクリームが入っているのかわかりません
リボンシトラスのどこがリボンなのかシトラスなのかわかりません
前に考えていたことを繰り返し考え直していました。
まだそこから移動はしていないみたいです。
もう少し考えなくてはならないことがありそうです。
刀を頭から差し込んだような重々しさを感じます。
ズズーと。
時々、何かをかみたくて仕方なくなる
なんでだろう?
天気・暑い・・・暑い・・・/体調・夜更かしは無理
なんとなく、ドイツ語を休みました
代わりに本を数冊。
今、今日あったであろう分を学習中。
何かを作りたくてうずうずしているらしい。
日本的な物は日本の外にしかない。
日本の中には日本しかない。
・・・本当にこうだろうか?
レビューを少しさぼっています。
書くに書けないなぁ・・・
季節の変わり目だからかなぁ・・・
天気・今日から晴れまくるらしいが・・・/体調・後頭部が痛くなってきた
宗教者は何かをあがめるのではなく、あがめるに等しい姿勢をもって自らをつきつめていく者である。
そこにあるのは、一人であるという孤独である。
それは、誰とでもつながっていけるという希望と誰かとつながっていかなくてはならない絶望を意味する。
己のみになるということは、すべてを無視することではない。
すべてに意味を与え、過去未来永劫そうであってそうであるのだという創造の源である己に驚愕することなのだと思う。
羊を追って神に出会ってしまったモーゼは、だからぶったまげたに違いない。
いたい
少し、きつい。
昔のことを思い出すと、きつい。
書いたぶんだけ、外に出せるから、楽になるけど、
やっぱりきつい。
僕が僕でいられないのだろうと、
当たり前のことを考えるのが、
現実から逃げてることなのだとわかっていても、
きつい。
踏み出せないのがきつい。
そこにつかまっていられないのもきつい。
天気・曇り気味な明るさ/体調・非常に悪いんです
寝ている間に部屋の入り口のドアを外されました
倒れてきたドアで前頭葉がダメージを喰らいました。
入り口横に蝶番のネジが立てて並べてあったのが、
とても腹が立ちました。
大切なのものは何よりも大切にしなくてはならない。
ずっと箱の中に仕舞い込まれたプレゼントが幸せだとは思えない
だから僕は物をもらうのはあまり好きじゃない。
人類の歴史における最大の思考的業績は、
世界からルールを見つけ出したことではなく、
ルールを元に世界を説明しようとしたことである。
プラトン然り、アインシュタイン然り。
この社会に用があるから、私たちは仕方なく世界のルールに従っているのだ。
そうであることを当たり前であると、
思ってはいないし、思いたくもない。
実家に帰る段取りを電話で行い始める。
受験生の弟のアシストと同時に、
ギリシャ語とエスペラント語の勉強とかをしたいなと、
軽く計画中。
天気・汗ばむぐらいの・・・/体調・今度は右手首が痛い
そろそろテストを念頭に勉強しないとなぁ・・・
と、少し鬱になってみたり。
「Y」の悲劇(共著・講談社)
を読み終わりました。
4人だけでなく、8人ぐらいのアンソロジーにすれば、
もっとテーマが引き締まったんじゃないかな?
と思う出来です。
何気に本のPRが出来ている二階堂さんの、勝ち!(おい)
天気・薄い曇り/体調・眠いのです
誰かが幸せになると同時に誰かが不幸になるという原理の存在を否定すべきなのだが、この考え方がなければ幸運を誰もが平等にもらうことを基礎付けているという点で、非常に捨てがたいのだ。
悪魔があこがれるから天国があるのではないか?
善にあこがれないものなどいない。
これを考えるのは二度目なのだけれど、
この想いは非常に切実なのだ。
意見が時と共に自分から離れていく
この感覚に実存があるのか?
とすれば、これを不安に思うのは当然なのだろう。
天気・Tシャツ一枚で平気です/体調・右足がイタタ・・・
土日に山手線に沿って12時間ハイクをしました。
明け方になると快晴のために太陽が照り付けて、
首筋が異様な日焼けを起こしています。
バッグを背負っていた肩も鉄板のようにガチガチです。
別に疲れるために歩いた訳じゃないですよ?
博識であればあるほど
人は黙らざるを得なくなるのではないか?
それはまるで、神が何もかもを知っているのに何もしないのと、
驚くべきほど同じように。
人間は自らを縛るものを作り、
それを宿命付けられた生き物である。
これが最初であり、最後になるはずだ。
天気・虫が湧いています/体調・関節がまだダルイ
主張することは見えなかったものを見てしまうことに等しく、
絶望が必ず付きまとう。
私達が常にどこまでもいける、誰もが自分を理解できると、
本当に無批判に信じている。
これを壊す方向へと、私達は、あまり生きていこうとはしない。
適応していく方向は生命にとって、
至極当然の方向である。
もし労力を費やすことに意味を見出せるとすれば、
それは逆方向へと進むことだろう。
(すべてが新鮮である心持ちなどがそうであろう)
馬鹿がいる
アクセス解析
テンプレート変更したときに
移すの忘れてました!!!
わーい、バカ
天気・晴れてるけど暑くなし/体調・目が充血
子供に将来の夢を考えさせるのは間違っている、と思う。
そうすることにどんな意味があるのか。
そうすることが彼らに自らの限界を強く意識付けてきたのではないのか。
それよりも重要なのは、確かに私達は沢山の未来の可能性を持ってはいるが、現在においてただひとつの道しか選べないということであり、未来に希望があるのではなく、自分達がそれを作り出さなくてはならない、そんな、切迫した義務があるということを教えるべきなのではないか、と思う。
子供に見せるべきなのは、うわべにしかならない幸福ではなく、それをあると信じて生きる道化のような姿でもなく、今を生きている、そのことを反省し続けても絶対に後悔はしない、そんな生き方ではないか、と思う。
その生き方を、誰か、只1人だけでも、保障してあげること、それが「愛情」の最も大きく、かつ最も根底のものだと、思う。
大人が子供の頭を撫でるとき、そこにあるのは、次々と変わっていく子供に対して、自分達の間ではそういうことがほとんどなくなってしまった大人が抱く驚嘆と賞賛の気持ちなのだと、思う。
天気・空気が生ぬるい/体調・鼻づまりも解消
可能性は義務へと転化する。
未来を考え続ける限り、現実の力は強まる一方になる。
人類は如何なるものも役に立たせてしまう生物であり、
その点において、
人類は役に立たない学問を作り上げることは出来ていない。
超巨大な犬をひと目で犬と認識できるのか。
(犬は見る前から犬であるわけではないのかもしれない)
同じようにラクビーボールはラクビーボールだから、
私達はラクビーボールだとわかる訳ではないだろう。
これは私達がラクビーボールをラクビーボールと名付けることとは全く関係ないことを予め示しておく。
社会とは多数の人間の、数少ない共有点の集積物である。
天気・雨が降る降る・・・しつこい!/体調・ほぼ全快!よし!
体調はもう大丈夫!
よし!
書評も書きまくるぞ!
それに反比例するがごとく、
雨が降ること降ること・・・
自転車通学に支障をきたすじゃないか!
もう、あの快走感は手放せません・・・
実家から差し入れが届きました。
ゼリーの数が、賞味期限に比べて、ちょっと多いような気がします。
羊羹が二つ入っているのは、さすが親だ!と思いました。
















